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福岡地方裁判所 昭和56年(モ)3103号 判決

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別紙当事者目録記載のとおり

主文

一  債権者と債務者間の当庁昭和五六年(ヨ)第四六四号地位保全等仮処分申請事件について、当裁判所が昭和五六年九月一七日になした仮処分決定はこれを認可する。

二  訴訟費用は債務者の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  債権者

主文と同旨

二  債務者

1  主文第一項記載の仮処分決定(以下「本件仮処分決定」という。)はこれを取り消す。

2  本件仮処分申請はこれを却下する。

3  訴訟費用は債権者の負担とする。

第二当事者の主張

一  申請の原因

1  当事者

(一) 債務者は、タクシー営業を目的とする株式会社で、現在従業員一三二名(内運転手一〇九名)を擁する福岡市内でも中堅上位の会社である。

(二) 債権者は、昭和五二年四月一日、債務者会社に入社し、三か月間の試用期間を経て、正社員として雇傭されていたものであり、また株式会社国際タクシー労働組合(以下単に「労働組合」という。)の組合員である。

2  懲戒解雇の通告

債務者は昭和五六年四月一六日債権者に対し、債権者が債務者以外に雇傭されていることが判明したので、就業規則第三五条第一九号(以下、これを単に「兼職禁止規定」という。)及び第四六条第五号(イ)等に該当すると称して、同年四月一三日付文書で懲戒解雇するとの意思表示をした(以下「本件懲戒解雇」という。)。

なお、債務者のいう「兼職禁止規定違反」とは、債権者が昭和五五年七月から昭和五六年三月九日までの間、会社の就業時間外の午前四時半ころから同六時半ころまで朝刊の新聞配達をしたことと、乗務明けや休日にその集金をして月収一五万円の収入を得ていたことが兼職になるというものである。

3  しかし、債権者には、懲戒解雇事由に該当する事実はないから、本件懲戒解雇は無効である。

4  保全の必要性

債権者は、家族として妻と三人の子供(四才と三才と〇才)をかかえ、債務者から得る賃金を唯一の生活の糧としている労働者であって、本案判決を待っていては生活が窮迫することは多言を要しない。

そのうえ、昭和五六年五月一二日には、妻が三番目の子供を出産するという出費多難な状況にある。よって仮払いによって賃金相当額の金員を受給しなければならない緊急性はきわめて高い。

5  債権者が懲戒解雇される以前の債務者から得ていた賃金は、昭和五五年一二月二一万四〇五一円、昭和五六年一月一八万三九二一円、同年二月一六万六二七六円の合計五六万四二四八円である。従って、債権者の一か月当りの平均賃金は一八万八〇八二円であった。

また債権者は懲戒解雇をされた昭和五六年四月一三日より同年五月一二日までの賃金の支払いを受けているので、同年五月分の未払賃金は金一一万二八四九円である。

6  よって、債権者は債務者に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定めること及び賃金相当額の金員一か月一八万八〇八二円(ただし、昭和五五年五月分については一八日分を日割で計算した一一万二八四九円)を債務者が任意に履行することは期待できないので、賃金の支払期である毎月一〇日に本案判決の確定するまでの間支払うことを求めるため、この仮処分申請をする次第である。

二  申請の原因に対する認否

1  申請の原因1、2、5は認める。

2  同3は否認する。

3  同4は知らない。

三  債務者の主張(抗弁)

1  債務者会社の就業規則には以下のとおりの規定がある。

第四章「服務規律」

第三五条「従業員は次の事項を守り服務に精励しなければならない」

一九号「会社の許可なく臨時又は常傭を問わず他に雇用されないこと」

第六章「表彰・制裁」

第四六条「制裁は譴責、減給、出勤停止、諭旨解雇及び懲戒解雇とし、次のとおり行なう」

五号「懲戒解雇(予告期間を設けないで即日解雇する)」

「(イ) 第三五条の一八、一九号に違反した時。」

2  債務者が債権者を懲戒解雇した理由は次のとおりである。

債権者は、申請の原因2なお書記載のとおり新聞配達等をしていた。

債務者は旅客運送をその業としているが、業務遂行に当っては、旅客の安全運送確保を第一と考え、乗務員の労務管理を為している。右就業規則等も右趣旨を徹底させるため制定されたものである。

債権者も債務者会社々員として、また旅客運送に従事する者として旅客の安全運送を期すため、就業規則等に従い、自己管理を為すのは当然のことである。にも拘らず、債権者が、右のとおりタクシー乗務以外の新聞配達をしていたことは、安全管理のため右規則にて兼職を禁止した同規則第三五条第一九項に違反し、また新聞配達という業務の特殊性(タクシー業務時間外の数時間の従事であっても、かなり早い時刻に配達しなければならないこと、その後すぐにタクシーに乗務すること)を考慮すれば、タクシーの安全運行確保及び業務遂行に支障を来すことは明らかである。

以上の理由により、債務者は就業規則第三五条第一九項、同第四六条第五項(イ)を適用して、債権者を解雇したものである。

四  債務者の主張に対する債権者の認否、反論及び主張(再抗弁)

1  債務者の主張1は認める。

2  同2は否認する。

債権者の申請の原因2なお書記載の新聞配達等は以下のとおり兼職禁止規定に該当せず、本件懲戒解雇は、就業規則の適用を誤ったものである。

(一) 右兼職禁止規定は、(イ)親族関係にある者の仕事の手伝いをする場合や、(ロ)自営している者がその仕事をする場合には適用されないものである。なぜならば、これらの場合には、使用者との信頼関係を破壊し、企業秩序の侵害という事態は一般的に発生しないものだからである。

債権者は、父の営むフクニチ新聞野間販売店で、一時的に配達・集金をしていたものであるから、親族関係にある者の仕事の手伝いをする場合に当たるものである。

(二) 債務者は、債権者の新聞配達等に了承を与えていた。

すなわち、債権者は昭和五五年七月初め新聞配達等の新聞販売業務を始める際、債務者会社の今村営業部次長やその他二、三の職員に対して父が新聞販売店をやることになったので、その手伝いをしなければならなくなったという理由を伝えて、同月に二乗務、同年八月に一乗務の休暇を貰った。また、その際、債権者自身も配達等の仕事をやらなければならなくなる旨も伝えた。のみならず、その日以後、配達の仕事を終えた昭和五六年の三月まで新聞配達等のことに関し債権者に対し債務者から調査がなされたり、兼職に該当するとの報告を受けたことは一切なかった。

従って、以上の事実に照らすと債務者は、債権者の新聞配達について事実上承認を与えていたことになるので「会社の許可なく」他に雇用されたことにはならない。

(三) 右配達、集金業務はタクシー乗務に何ら支障をきたしていないのであるから、この点からも兼職禁止規定に該当しない。

すなわち、債権者の新聞配達は、年老いた父が始めた販売店を手伝うという親孝行的動機、肉親の情から始められたものであって、かつ、その配達等の期間中も代替要員をさがし、それが見つかればいつでもやめるという状況のなかで一時的に続けられたもので、しかもその内容も債務者会社の始業時刻午前七時半以前の四時半ころから六時半ころまでの約二時間弱の間に行われ、また集金は業務明けや会社の休日を利用して行われてきたもので、会社の就業規則で定められた就業時間内にまったく食い込んでいない。のみならず、新聞配達等の業務量が増えた昭和五五年一一月以降は、それまで一乗務二万三〇〇〇円ないし二万五〇〇〇円だった運収が、三万円強と大巾に増加し、債務者会社の運転手の平均運収以上の成績を上げている事実に照せば、乗務への影響は長期的にみても収入的にまったく影響がなかったのである。

たとえ就業規則で兼職が禁止されていても、このような具体的実際的に、企業の業務に影響を与えなかった行為まで禁止するものでないことは、先例の明らかにするところであり、従って本件行為は就業規則が禁止する兼職に当たらない。

3  本件懲戒解雇の手続は、懲戒解雇手続について定めた労働契約に違反し無効である。

すなわち、債務者と組合は昭和五五年四月三〇日付の確認書で「懲戒措置処分は労使協議のうえなす」との労働協約を取りかわしていたのであるが、債務者はこれを無視し昭和五六年四月一三日一方的に組合に対し、「債権者を保険金詐欺の疑いと兼職禁止違反、車の無断使用の疑いで懲戒解雇した」と通告してきた。驚いた組合が慎重に事実を調査した結果、債務者のいうような事実のないことが判明したので、その撤回方の団体交渉を持ったが、債務者が一旦決定した内容は撤回できないなどと傲慢な態度に終始し、債権者の懲戒解雇処分を撤回しなかった。

これは、前記労働協約が定めた労使信頼のなかで事前協議をして懲戒処分にするという内容に違背しているので無効である。

4  仮に、債権者の行為が兼職禁止規定に当たるとしても、本件については以下に述べるような特別の事情があるので懲戒解雇にするのは、解雇権の濫用であって許されない。

(一) 債権者が新聞配達等をはじめた動機は、定年退職後の父がはじめた新聞販売店の配達、集金人をさがす間、一時的に助けるという親孝行的動機からでていること。

(二) 債権者の本件行為は勤務時間外の手伝い行為であって、またタクシー乗務に支障をきたしていないし、債権者の配達等の収入が高かったのは父の仕事を手伝ったという親子関係からきていたものであること。

(三) 債権者は、昭和五六年三月に交通事故にあって以来、配達業務をやめていること、この意味で兼職禁止違反の事実は本件懲戒解雇前に解消しているといってよいこと。

(四) 債務者は事前に債権者から事情を聴取せず、かつ、弁解の機会を与えないまま、十分に事実を確認せず、懲戒解雇の意思表示をしていること。

(五) もともとタクシー運転手の低賃金と業務形態から他の会社と同じく債務者の多くの運転手が債権者と同様に他に仕事を持っていること及び債務者はこれを黙認してきていること。

(六) 福岡市乗用自動車協同組合加盟のタクシー会社には、懲戒解雇されたタクシー運転手は再び雇傭しないという慣習があるから、懲戒解雇となると、債権者は、福岡市内のタクシー会社に就職することが困難となること。

五  債権者の主張に対する債務者の認否、反論

1  懲戒措置協議約款違反の主張は否認する。

債権者の主張する懲戒措置協議約款は債務者が、労働組合の次の申入れに応じて締結したものである。

即ち、組合員が解雇され、もしくは退職する際に、組合貸付の共済金の返済が滞る事態が多発していることから、解雇・退職の事実を事前に組合に通知してほしい旨、及び、懲戒解雇処分に付されると、市乗協加盟の他のタクシー会社への再就職が困難となる為、社内的には懲戒処分としても、社外からの問合せに対しては、依願退職の取扱いとする等の弾力的な運用をしてほしい旨であった。

よって、確認書第三項にいう「協議の上」とは、右にいう通知、取扱いについての話し合いを意味するのであり、協約締結当事者双方共、懲戒処分の効力を事前協議の有無・あるいは協議の結果に懸らしめる意思は有しなかったものである。又、協議約款の第二項及び第三項を合理的に解釈すれば、懲戒処分が正当である限り、事前協議欠如の一事のみをもって当該処分を無効とする趣旨を読み取ることは出来ない。

2  本件懲戒解雇が解雇権の濫用であるとの主張は否認する。

債権者は、当該兼職が債務者会社との信頼関係を破壊せず、且つ、業務に支障を来す虞れもないと主張する。

しかし、運行記録を仔細に検討すれば、右主張が事実に反することは明らかである。

例えば、昭和五六年二月七日から八日にかけての債権者の運行状況は次のとおりである。

午前四時五〇分 出庫

約七キロメートル走行

午前五時~午前七時一〇分 停止

午前七時一〇分~二月八日午前二時二〇分 営業運転

午前二時二〇分~午前七時三〇分停止 約八キロメートル走行

午前七時五〇分 入庫

右によれば、債権者の乗務時間は、七日午前四時五〇分から八日午前七時五〇分迄の二七時間であり、債権者が毎朝新聞配達をしているとすればその為に私用に、フクニチ新聞野間販売店付近に停止している時間は実に七時間二〇分にも及ぶ。そこで、債権者の右の運転状況から次の問題が生ずる。

まず、タクシーは、乗務時間中、常に顧客を輸送する態勢を整えておく必要があるが、債権者は、販売店への通勤途上あるいは販売所付近に停止中は顧客の需要に答えることができない。昭和五六年七月二四日の審尋で債権者は、乗車を求められた場合無線で他のタクシーを呼ぶと陳述しているが、これは顧客からみれば明らかに乗車拒否である。乗車拒否が世間の強い非難を浴びていることは周知の事実であり、監督官庁である陸運局も、乗車拒否に対しては、当該車両の使用停止命令から会社の営業停止命令に至る厳しい処分で臨んでいる。現に債務者は、過去に二度乗車拒否による陸運局の処分を受けている。債権者の乗務には、常にこの厳しい処分を受ける危険性を伴っていたのである。

次に、債権者は、乗務時間中に営業用の車両を長時間私用に拘束し、兼職の通勤に使用している。債権者は、正規の就労時間外であるからと安易に考えていた節があるが、これは車両管理上支障があるばかりでなく、私用中の事故に対しても責任を負わざるを得ない債務者会社としては、到底許容し得ない行為である。

ちなみに、債務者会社の乗務員の中には、アルバイト・自営業等で収入を得ている者が若干名あるが、いずれも非番あるいは公休日に行っているものであり、乗務時間中に、しかも営業車両を使用して兼職を行うような非常識な者は債権者を除いては皆無である。

更に、丸一日を超える長時間の乗務時間中、安全な車両運行を継続的に維持することは到底望み得ない。深夜、明方には殊更であり、乗客は常に交通事故の危険にさらされることになる。

第三疎明関係(略)

理由

一  申請の原因1及び2の各事実は当事者間に争いがない。

二  本件懲戒解雇の効力につき判断する。

1  債務者の主張1(就業規則の存在)の事実は当事者間に争いがない。

2  前示当事者間に争のない各事実に(証拠略)を総合すれば、次の各事実が一応認められ、(人証略)中右認定に反する部分は採用しない。

(一)  債権者は、昭和五二年四月一日、債務者会社に入社してタクシー乗務に従事し午前七時三〇分から翌日午前一時三〇分までの一八時間(食事等の休憩時間を含む。)勤務をしていた(その後翌日午前七時三〇分までは非番)

(二)  債権者の父親は、フクニチ新聞社を定年退職後、年金を担保に借り入れた資金でフクニチ新聞野間販売店を譲り受け(高齢のため、同人名義では取得できなかったことから債権者名義で取得した。)、経営していたが、高齢のため、その経営を債権者に引き継がせたいと思い、債権者に対し引き継ぎを依頼していた。

債権者は、自己の性格が店の経営には向かないと思いながら、他方老齢の父親の頼みでもあり、考慮を重ねた末、昭和五五年七月から、タクシー運転のかたわら、新聞販売業務を手伝うことにした。

(三)  債権者は、同月から同年一〇月まで午前四時三〇分ころ起床し、自宅から新聞販売店(債務者会社から約七キロメートル)までバイクで通い、同六時三〇分ころまで一時間四〇分ないし二時間くらいの間新聞配達を行い、自宅へ帰って休憩した後、債務者会社の始業時刻の同七時三〇分に間に合うよう債務者会社へ出勤した。このころの新聞配達、集金の部数は各一八〇部であり、月収は六万円であった。

(四)  債務者会社は、債権者に対し、同年一一月、勤務成績不良を理由に解雇の通告をしたが、労働組合が仲に入り、結局、債務者は、債権者が以後運収増加に努力することを条件に、右解雇の意思表示を撤回した。

(五)  債権者は、同月からは、新聞の集金の仕事量が四五〇部に増えたので、自宅から新聞販売店への往復に要する時間の節約及び新聞配達後に早朝の客を乗せて運収を上げることを考え、それまでの方法を改め、乗務日には、早朝午前四時三〇分ころ出勤してタクシーを出庫させて、新聞販売店へ通勤し、販売店の隣にある駐車場にタクシーを駐車させておき、バイクで配達を終え、午前六時三〇分ないし七時ころからタクシーを流して早朝の客を乗せるようにし、翌日午前一時三〇分ないし二時ころまで勤務し、その後車中で仮眠し、午前四時三〇分ないし五時ころから新聞配達をし、午前六時ころ帰社して次に乗務する者にタクシーを引き継いでいた。また、集金は当月の二五、六日ころから翌月一〇日ころまで非番、公休日を利用して行い、タクシーを使用して集金業務を行ったことはなかった。このころの新聞販売業務による月収は一五万円であった。

(六)  債権者は、昭和五六年三月一〇日、業務中交通事故に遭い、休業を余儀なくされたため、新聞販売の月収一五万円につき休業損害証明書を作成して保険会社に対して保険金請求をなしたところ、債務者はこれを保険金詐欺だとして、同年四月一三日、債権者に対して懲戒解雇する旨告知した。ただし、同月一五日に行われた労働組合との団体交渉の席上及び後日債権者に交付された解雇通告書では、兼職禁止規定違反が解雇理由としてあげられた。

3  債権者の新聞販売業務が、兼職禁止規定に違反するか否かにつき判断する。

(一)  昭和五五年七月から同年一〇月までの新聞販売業務について

債務者会社における就業規則三五条一九項の会社の許可なく臨時又は常傭を問わず他に雇用されないことという兼職禁止規定の適用にあたっては、一般に、労働者は労働契約に定められた時間、場所において、契約に定められた労働を提供する義務があるが、時間外においては、特約なき限り他の者のために働いてはならない義務はないこと、債務者会社の右就業規則においては、兼職禁止規定違反の制裁は、懲戒解雇という重い処分のみとされていることなどに照らすと、右兼職禁止規定に違反するのは、会社の企業秩序を乱し、会社に対する労務の提供に格別の支障を来たす程度のものであることを要すると解すべきである。

右の解釈を前提に本件につきみるに、債権者の新聞販売店業務は、(証拠略)から認められるように、債権者自身は新聞販売店経営を父親から引き継ぐ意思はなかったものの、配達、集金業務を安心して任せられる者が他にいないとして債権者の父親から配達、集金の手伝いを強く懇請された経緯などから見て、単に一時的な手助けを超えて、相当期間継続して従事する前提のもとに従事していたものである。

しかし一方、前記認定のように、新聞販売店の実質上の経営者は債権者の父親であり、債権者が新聞販売業に従事するようになった動機は高齢の父親からの懇請でやむを得ず引き受けたものであることや、この時期債権者が従事した時間は、乗務日においては債務者会社における所定始業時刻である午前七時三〇分(就業規則第一四条)より前の約二時間であり、月収も六万円と比較的低額であったことなどに照らすと、債権者のこの時期の新聞販売業務は、いまだ、債務者会社への労務の提供に格別支障を生ずるものではないものと認められるから、兼職禁止規定に違反するものと認めることはできない。

(二)  同年一一月から昭和五六年三月までの新聞販売業務について

前記認定のように、債権者は、この時期には、通常の始業時間より早く、午前四時三〇分にタクシーを出庫させて新聞販売に従事していたものであるが、(人証略)によれば、債務者会社では、いわゆる三六協定で三時間の時間外超過勤務を取り極めており、右午前四時三〇分からの出庫は、勤務時間として認められる趣旨であると解される。したがって、債権者が、午前四時三〇分に出庫させて後新聞配達に従事していたのは、債務者会社の勤務時間内であるといわねばならない。

また、この時期の月収は一五万円であり、この額は、(証拠略)により認められる債権者の債務者会社における運収と比較しても、勤務時間に比してかなりの高額であると認められる。

さらに、(人証略)によれば、この時期の債権者の新聞販売行為については債務者は許可を与えていないと認められる。

右各事実を総合すれば、この時期の債権者の新聞販売業への従事には債務者会社の許可がなく、しかも企業秩序に影響を及ぼし、労務の提供に支障を来たす程度に達していると認められるから、兼職禁止規定に該当するものというべきである。

4  そこで次に、右3(二)の債権者の新聞販売店従事を理由とする懲戒解雇が、解雇権の濫用か否かにつき判断する。

(一)  (証拠略)を総合すると、次の各事実が一応認められる。

(1) 債務者会社の正規の労働時間は、午前七時三〇分から翌日午前一時三〇分までであるところ、右正規の時間にくい込んでいないこと、

(2) 債権者は、昭和五五年七月に新聞配達の手伝のため欠勤を今村次長に申し出て許可されており、その後も自己の配達したフクニチ新聞やスポーツ新聞の余部を会社に持ち込み、従業員がまわし読みしていたこと、又、債務者はタコグラフや乗務記録簿により、従業員の行動を容易に把握でき、債権者が毎乗務日に同一の時間ごろ休車している事実を知っていたものと考えられ、この休車中の行動につき本人に確認することにより債務者が前記認定のような態様で新聞配達を行っていることを知り、早期にその是正方を指導できる立場にあったこと、

(3) 債権者は、右期間中はタクシー業務に以前に比べると熱心になり、運収は前月の一〇月は全乗務員一〇〇余人中、一〇〇番台であったが、一一月には五〇番台に上がっていること(この点につき〈人証略〉は、一一月、一二月ころは、全体に売上げが伸びる時期であるから債権者の運収の伸びるのも当然であり債権者の努力によるものではない旨証言するが、前記のように順位が上昇したのであるから、全体の売上げが伸びたことのみによるとは認め難い。)

(4) 債務者会社には、本件懲戒解雇のころにおいて、乗務員中一三ないし一四名の者が債務者会社のタクシー乗務以外の仕事により収入を得ており、その職種は自宅における縫製、車両荷上げ、自営業など数種にわたること、

(5) 本件懲戒解雇の通知のなされた昭和五六年四月中旬当時は、すでに債権者は新聞販売業務をやめていたこと、

(6) 懲戒解雇された者については、福岡市乗用自動車協同組合(市乗協)のいわゆるブラックリストに掲げられ、再び同業務に就職することは著しく困難となること

また、(証拠略)によると、昭和五四年九月及び一〇月に債務者会社のタクシー運転手が覚せい剤取締法違反により逮捕されるという事態が生じ、これにより債務者会社は、行政処分を受けたほかその社会的信用も低下し、売上げも減少するということがあったことから、その従業員が刑事事件を起こすことに神経質になっていたことが認められるところ、これに前記二2(七)の事実を併せると、債務者会社は、債権者が新聞配達等により、月一五万円の収入を得ていた旨の証明書を提出し、休業損害保険金の支払を受けようとしたことをもって、保険金詐欺ではないかと疑い、従業員の刑事事件をおそれるのあまり過激に反応した結果が本件懲戒解雇ではなかったかとも考えられる。

以上の事実に、債権者が新聞配達業務に従事することにより、債務者の営業、業務管理等に具体的な悪影響を与えた旨の疎明のないことをあわせ考えると債権者のこの時期の新聞販売業への従事が、兼職禁止規定に該当するとしても、これを理由に懲戒解雇まですることは、債権者の蒙る不利益が著しく大きく、解雇権の濫用として許されないところというべきである。

(二)  これに対し、債務者会社は、債権者の新聞販売業への従事が兼職禁止規定に該当しない旨の主張に対する反論として、(1)債権者が、タクシーを運転して新聞販売店へ通勤する途中、顧客から乗車を求められた場合自車に乗車させないことは乗車拒否に該当し、債務者会社が福岡陸運局長から車両の使用停止処分を受ける等債務者会社に不利益を与えることになる、(2)債権者のように、乗務時間中に営業用車両を長時間私用に拘束することは車両管理上支障があるばかりか、私用中の事故に対し債務者が責任を負わざるを得なくなる、(3)債権者の乗務時間は丸一日を超える長時間であるから、このうえ新聞配達行為をすると安全運行を維持することは望めない旨主張するが、右各点を検討しても、本件懲戒解雇を解雇権の濫用とする前記認定を覆すに足りない。すなわち、

(1) (人証略)は、債務者会社では、乗車拒否は、懲戒解雇事由に該る旨証言し、(証拠略)によれば、債務者会社では少なくとも過去二回にわたり乗務員による乗車拒否のあったことを理由に福岡陸運局長から、車両の使用停止処分を受けたことがあることが認められ、債務者会社は、乗車拒否については特に厳しく乗務員を招集していたことが窺われる。

しかし、債権者が、新聞販売店に新聞配達のために赴く途中で客から乗車を求められたのに、これを拒絶したとか、他のタクシーを無線で呼んだことがあるとの事実を認めるに足りる疎明はない。仮に、債権者が、新聞販売店に赴く途中で客から乗車を求められた際には他のタクシーを無線で呼ぶことを考えていたとしても(人証略)によれば、たとえば交代時間にさしかかり帰車中に顧客から乗車を申し込まれた場合に、近辺にいる空車をまわすか、帰車中である旨告げて断ることは通常行われていたことが認められ、又、(人証略)によれば、無線で他の車両を呼び出すことが乗車拒否だとして乗客から陸運局へ通告がなされることは通常ないことが認められるから、債権者の右判断もあながちに債務者会社に乗車拒否による不利益を被らせる危険性があったとも認められない。

(2) (証拠略)によれば、債務者会社の就業規則においては、許可なく職務以外の目的で会社の車両を使用した場合には、出勤停止の制裁が定められている(就業規則四六条三項、三五条六項)ことが一応認められるから、債権者の新聞配達が車両の無許可使用となり、車両管理上の問題を来たすことになるとしても、これをもって懲戒解雇に付することは右就業規則の定めとの対比から均衡を欠くものというべきである。

(3) タクシー業務が、乗客の身体・生命の安全をはかるため安全運転を期し、乗務員の健康管理には特に留意すべきものであることは言うまでもない。

しかし、(人証略)によれば、債務者会社の今村営業部次長は、当時運行成績不良者等を対象に、二四時間乗務した者のタコグラフを示して運収増加のための指導をしていたことが認められ、債務者会社内部の指導の実態は、必ずしも安全運行を運収増加に優先させる程のものではなかったものと窺われる。

また、債権者の前記二2(五)認定のような勤務をタクシーの運転手が行うことにより、タクシーの安全運行上支障を生ずるか否かは、当該運転手の年齢・体力等により一概には言えないところ、債権者の場合に、右のような勤務により安全運行に支障を来たすおそれがあるとの疎明もない。

5  以上のとおり、債権者に対する本件懲戒解雇は、債権者の主張3(解雇手続の労働協約違背)について判断するまでもなく無効であり、債権者は、昭和五六年五月一三日以降も、債務者に対し雇用契約上の地位を有し、従前どおりの賃金の支払を受ける権利を有することになる。

三  債権者が、債務者から、昭和五五年一二月から昭和五六年二月までに得ていた月平均賃金が、一八万八〇八二円であること(申請の原因五)及び五月分未払賃金一一万二八四九円の存することは当事者間に争いがない。

四  保全の必要性(申請の原因四)についてみるに、(証拠略)を総合すれば、債権者は、本件懲戒解雇まで債務者からの賃金を唯一の収入として妻及び三人の子供(本件仮処分決定時五歳、三歳、四か月)を扶養し、本件仮処分決定時においては失業保険と妻の親及び家族の援助によって生活していたものであり、当時保全の必要性があったものと認められ、その後右保全の必要性を疑わしめる事情の変更は認めることはできない。したがって少くとも本件仮処分申請のなされた昭和五六年九月以降本案判決言渡までの間、平均賃金額相当の仮払を命じた主文掲記の本件仮処分決定は相当であるといわねばならない。

五  以上の次第で当裁判所がさきになした本件仮処分決定は相当であるから、これを認可すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 麻上正信 裁判官 水上敏 裁判官 河野泰義)

当事者目録

債権者 斉藤雄二

右訴訟代理人弁護士 椛島敏雅

同 小島肇

同 諫山博

同 林健一郎

同 小泉幸雄

同 井手豊継

同 内田省司

同 津田聰夫

同 林田賢一

同 宮原貞喜

同 田中久敏

債務者 株式会社国際タクシー

右代表者代表取締役 上田博憲

右訴訟代理人弁護士 敷地隆光

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